日産自動車でGTR開発総責任者を務めた水野和敏氏は、著書「匠のこころ」の中で、アメリカ型ハウツー経営が日本の製造業の競争力を落とすと警鐘を鳴らしています。
例えばかつてのソニーは、どの会社とも比較されない独自の価値を提供していましたが今は違います。今はサムソンや小米(シャオミ)など、韓国や中国のメーカーと比べられる立場です。
また同様にホンダも今では普通の軽自動車、またはコンパクトファミリーカーのメーカーと位置づけられています。ソニーもホンダも、アメリカ市場に近づきすぎ、アメリカ型ハウツー経営の罠にはまってしまったと水野氏は言います。
例えばスーパーカーを最初につくったのは欧州の老舗自動車メーカーですが、全天候型のスーパーカーを初めてつくったのは日本のメーカーです。
この時、アメリカの調査会社に市場調査を依頼すると、「スーパーカーのユーザーは、雪が降る冬はSUVに乗るので、全天候型スーパーカーのニーズは無い」という結論を出してきたといいます。
そこで実際に自らユーザーにヒアリングして回ったところ、好きでSUVに乗っている訳ではなく、雪が降ると操作性能に不安があるからやむをえずSUVに乗っていることがわかりました。こうして生まれたのが、雪道でもスリップしないフェアレディZであり、スカイラインなのです。
また水野氏は、本当のブランドは顧客満足のさらにその先にある、といいます。
例えば自動車でいえば中古車の下取り価格であり、再販価格です。実際、ベンツやBMWなど一流ブランドの中古車は、一般車と比較して下取り価格が下がりません。
そこでニッサンGTRの販売戦略においては、半年に一度の無償点検をオーナーに義務付け、さらに下取り査定の際には半日もの査定プログラムをディーラーに課しました。
通常の中古車査定は20分程度です。「そんな査定時間を長くするとクレームが出る!」とディーラーは猛反発したといいます。
また下取りに出すオーナーからも「時間がかかりすぎる」とクレームが頻発したそうです。しかし一連のプログラムは中古車ユーザーから「事故車や不具合車を掴まされる心配が無い」と信頼を呼び、海外一流ブランド並みの下取り率、再販率を維持できたといいます。
顧客満足のその先を目指すことにより、真のブランドとなるのです。
また同氏は、日産自動車の様に最終製品をつくっていない製造業、すなわち部品サプライヤーこそ「絶対に価格競争をするな」と同著の中で訴えています。
すなわち「価格以上の価値」をいかに生み出すのか、ということを最終製品メーカー同様に深く考えるべきである、と。しかし実際には初めから「価格勝負をするしかない・・・」と諦めている経営者が、中小企業には余りにも多い、といいます。
部品加工業が生み出せる価値としては、QCDS(品質・コスト・納期・サービス)がありますが、価格以外でいくとQDSとなります。
このうち、Q(品質)とD(納期)は半ば当然、いわば前提条件ともいえることですので、新たに考えていく「価値」はS(サービス)にフォーカスしていくべきです。
その中で最も市場ニーズがあるのはVAあるいはVEによる提案サービスです。
例えば私の関係先の板金加工業は、某医療機器メーカーに新規開拓で入り込み、今では絶大な信頼を得る様になりましたが、同社が行った提案は「製缶加工」から「板金加工」への工法転換です。
製缶加工というのは、板を溶接して機械加工を行うのが発想の根幹にあります。従って部品としては頑丈な反面、重量やサイズが大きなものになりがちです。
ところが板金加工のプロは、同じ要求の部品でも「板を曲げて強度を出す」など、発想の根幹が異なります。従って「製缶加工」から「板金加工」への置き換えができると、それは売値以上の絶大な価値となり、こちらもお客も利益が上がるわけです。
7月9日のセミナーで特別ゲスト講師の城陽富士工業様も同じことです。同社は他社が「研削加工」によって長尺ワークの平面度・精度を出しているのに対し、手作業による「歪取り」によって同じ精度あるいはそれ以上の精度・平面度を実現しています。
部品加工ビジネスというのは、これだけ情報が溢れている現在でも、意外と最終ユーザーも限られた知識で、モノづくりを行っているケースが多々あります。
もっというと、先ほど述べた様な「製缶加工」と「板金加工」の違い、あるいは「研削加工」で平面度を出すのか、「歪取り」で平面度を出すのか、といった様に、あまりに技術がニッチすぎて他社のことを知らないケースが多々あります。
言い換えれば、自社では当たり前の技術だと思っていたことが、他社では驚愕の技術となることが有り得る、ということなのです。
だからこそ、部品加工業は自社の本当の強みを見極め、それを世の中に積極的に発信していくべきなのです。
私は部品加工ビジネスこそ、本当にチャンスの多いビジネスだと心の底から思っています。
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